義兄と私 ―土曜日の午後―


どういうネットワークをお持ちなのか、うちの義兄殿は私の身にあったことを
逐一ご存知である。

、」

ハイハイ、今日は何ですか、わざわざ部室の前に呼び出して。

「お前、今日野郎ともめたらしいな。」

それがどーした、向こうが失敬なことを言ってきたからちょいとケリを入れただけだ。
(跡部さんちの養女という立場はしばしば周りの中傷の的になる)
まぁ、そのケリが勢いあまって相手をすっ飛ばし、廊下の壁に激突させた気はするが。

「前からお前は落ち着きがねーとは思ってたが大概にしろ。
俺様の顔に泥を塗る気か。」
「性格破綻者に言われる筋合いはないんやけど。」

義兄はアーン?と眉根を寄せた。
あ、睨んでる。

、誰に向かって口きいてんのかわかってんのか?」
「最近それ言うことおおない(多くない)?」
「誰のせいだと思ってやがる。」
「もっとええ兄さんなら私も考えるけど。」
「何だと…!」

珍しく義兄がむきになる。
私は私で凄んでも無駄やからね、という意思を込めてその様子を見つめる。

いつの間にやらテニス部の正レギュラー達が部室のドアの影から
こっちを見ているが、そういう現実は見なかったふりをすることにした。

数秒ほど睨みあった後、突然義兄がクスクス笑い出した。
その内クスクス笑いはハハハ笑いに進化した。

「そうか、そうか。」

義兄は笑いながら私の頭に手を置いた。

「それならそーと言えばいいんだよ。」

何の話をしていらっしゃるんですか、にーさま?

「俺に構ってほしいんだろ、。」

ちゅどーん

瞬間、私は自爆し

ドサドサドサッ

ドアに隠れていた皆さんは一斉に倒れた。
あ、こら鳳、そんな憐れみを含んだ目で私を見るな!!!

「なっ…」

さすがに私はワナワナと震えた。

「何考えてるんよっっ、アンタはっっ!!」

だがしかし私の叫びは義兄に何の効果ももたらさなかった。



どーして今日は土曜日なんだ、どーして今日に限ってテニス部は早く終わるんだ。

そんなことを思いながら私は午後の町を義兄と歩いていた。

道行く人々―主に女性陣―は義兄が通る度に振り返り、顔を赤らめ、
最後に私を―義兄に手首を掴まれて困っている私をジロリと睨む。

そんな睨まんといてよ、私のせいやないんやから…。
あーあ、何でこんな目に遭わなあかんねん、ちくそー。

「どうした、?」
「…何もない。」

私は言ったが義兄は納得していなかった。
私の顔を見て、次に周囲を見て、ははーん、という顔をする。

グイッ

「ぎっ…」

私は危うくぎょえぇぇぇぇぇぇー!?と叫ぶところだった。
さすがにそんな声は出せなかったが。

しかし私の体は硬直、周りの女性陣も凍りついている。

通りのど真ん中、義兄の腕の中にいる私を見て。

こっ…こいつっ…信じられねーことしやがる。
あかん、恥ずかしすぎて気絶したい気分や。

「行くぞ。」

義兄は私を腕から解放して何事も無かったかのように歩き出した。
いつか後頭部にやかん投げたろか、と思いながら私はヨロヨロとその後についてゆく。

「で、どこに行きたい?」

歩きながら義兄が言った。

「へ?」

私は間抜けな声を上げた。

「何呆けてんだ。どこに行きたいかきーてんだよ。」

私は正直戸惑った。
義兄のことだから自分の行きたいところに勝手に連行するものと思っていたのだ。
彼を知るものなら誰だってそう思うはずである。

しかし、まーご本人がそう言うなら…

「どこでもええん?」
「いいから早くしろ。」
「ほな、本屋さんに行きたい。」
「は?」

義兄は変な顔をした。



変な顔をした割には義兄はあっさりと近くにあった大型書店に連れて行ってくれた。

児童文学のコーナーでついはしゃいでしまった私を見て「ガキ。」と
一言言ってくれたが、
私が手に取る本一冊一冊に興味を示して、これは面白いのか、とか
絵が綺麗だな、とか色々コメントした。

私がすっかり満足して店を出ると義兄は次はどこに行きたいか聞いてきた。
私はいつも勝手なこの義兄がどーしちゃったのかと思ったが
今度は素直に画材店に行きたい、と告げた。

義兄はまたも妙な顔をしたが別段文句も言わずにリクエストに応えてくれた。

「えーと、紙とスクールペンと…あ、丸ペンも切らしとったな。」

画材店にて、私はブツブツ言いながら商品を籠に入れていた。

「俺様の妹がまさか漫画を趣味にしてるなんてな…」

横に居る義兄は余裕の表情を装いつつも、密かにピクピクしている。

「きーてねーぞ。」
「言うてへんもん、当たり前。」
「てめぇ…」
「それが現実っちゅーもんや。」
「強気だな。」
「そぉ?」
「ヤケクソか?」
「多分。」

私は言って今度はスクリーントーンの棚に移動する。

「こりゃ何だ?」

義兄が興味を示して棚にあったトーンを1枚手に取った。

「スクリーントーン。よう漫画で手書きじゃ作れへんような網掛けとか模様があるやろ?
あれはこれを貼ってあるねん。」

私の説明に義兄はほぉ、と呟いてあちこちの棚のトーンを取り出しては眺め、
取り出しては眺め、を繰り返していた。

「あれ?」

私は思わず目をこすった。

今一瞬、義兄殿の姿がほほえましくみえたような…
やべぇぞ、私。

私はプルプルと頭を振って理性を取り戻そうとしたがうまく行かなかった。

そのうち、他の女性客がこっちに注目しだしたので私は慌てて義兄を
引っ張ってレジへ向かった。



3回目に義兄が私のリクエストに応えて連れて行ってくれたのは
綺麗なものやかわいい物を沢山扱っている雑貨屋だった。

「やっとまともなトコをリクエストしたな。」

義兄はあからさまにホッとした顔をした。

「失敬な。本屋と画材店の何が悪いんよ。」

私は傍らのフックに吊り下げられたビーズの携帯ストラップを眺めながら言った。
…これ、1200円もするのか、高いぞ。

「お前、デートで本屋や漫画用品売り場に行く女が普通いるか?」

んん?何ですと??

「これ、デートやったん?」

私は棚に置かれたガラス細工に見とれながら言った。

すると―信じられないことに―義兄は少し失望したような顔をした。
これにはさすがの私も焦った。

「ゴメン、そんなつもりやなか…」

義兄は気にすんな、と首を横に振った。
…あう、何か知らんが罪悪感が。

しばし流れる気まずい沈黙。

「あ、」

このモヤモヤした気分を払拭したいがために私は話を変えるという強引な手に出た。

「このヘアピンええなぁ、可愛い。」

実際、私が視線を移した先には淡い青色のリボンがついた、
なかなかに私好みのヘアピンが吊り下がっていた。

「買ってやるよ、それ。」

私の肩越にそれを見ていた義兄が唐突に言った。私は躊躇した、しかし…

「遠慮すんな。」

義兄は笑った――いつもと違って何の屈託もなく。
信じられへん、マジっスか???

気がついた時には私は義兄と一緒に店を出てどこかへ向かっていた。
髪には義兄がさっき買ってくれたばかりのヘアピンをつけて。



そんでもってその日はずっと義兄と一緒に歩き回った。

ゲーセンに行ったり、アニメグッズの専門店を覗いたり(あまりのマニアックさに
引きつっている義兄の顔は見物だった)、CDショップに入ってみたり、
充実したとても楽しい午後だった。

考えてみれば…いや、考えてみなくても義兄と居てこんなに楽しかったことは
初めてだ。
義兄も満足しているらしく、今日は一言の嫌ごとも言わなかった。

それどころか、かなり優しかったと言える。
どうして…

不思議な気分で私はその夜、床についた。


義兄が私の扱いについて、テニス部の正レギュラー陣(特に私と同じ関西人の
忍足さんとか、そのパートナーの 向日さんとか)にえらく油を絞られたことを
鳳から聞いたのは、それから大分経った後のことである。


―土曜日の午後― End


作者の後書き(戯言とも言う)

やっとこさ少々まともなものが出来た。
ハハハ…

もう乾いた笑いをするしかありませんな(^^;)

次の話を読む
―義兄と私― 目次に戻る